• 松崎 丈

カンゲキ備忘録【演劇】『You're a good man, Charlie Brown.』

最終更新: 6月25日

とき:2020年1月12日(月)

ところ:シアター風姿花伝

Sweet Arrow Theatricals presents

『You're a good man, Charlie Brown.』

 2019年夏の公演を見逃したために、どうしても今回は観てみたかった『You're a good man, Charlie Brown.』を楽日にやっとこさ観劇。

 午前中の仕事と午後の仕事の間に無理やり3時間の隙間を作っての観劇だったので、スーツ姿で劇場へ。


 祝日のマチネ、スーツ姿で劇場にいるのは何だか恥ずかしくて(年甲斐もなく…)、劇場の最後部、しかも隅の方にそっと着席。

 しかし、とにかく客入れの際のクルーやスタッフの明るさと言ったら!


 型にはまったマニュアル通りの丁寧な客入れも嫌いではないけれど、「こういう客入れって本当に楽しいなあ、気持ちいいなあ」と芝居が始まる前から心が整えられていく感じが嬉しい。

 劇空間の作り方が魅力的で、「ここで何が始まるのだろうか?」「この空間がどのように使われるのだろうか?」とワクワクしながら幕開きを待つ時間。僕はこの幕開きまでの時間がたまらなく好きなのだ。


 いよいよオープニング。そしてオープニングに続くナンバーは「You're a good man, Charlie Brown.」。


 これを聞いただけで、僕の目から涙が溢れ始めて、それはしばらく止まらなかった。


 カンパニー全体によるこの曲を聞いた瞬間、まだ僕が若かった一時期、NYに住んでいた日々が一瞬にして甦ったのだ。

 あの頃、食事を一日抜いてでも、ブロードウェイやオフ・ブロードウェイで芝居を観た。

 言葉も肌の色も、考え方や感じ方も違う連中と、それでも芝居のこととなると、そんな違いなんか乗り越えて、侃々諤々の議論をした。

 貧乏だったけど、毎日が楽しくて、刺激的で、そしてとにかく熱く生きていた。

 そんな日々の記憶が、鮮明なイメージとしてではなくて、「体温」として甦ってきたと言おうか。

 あの頃の自分に対するノスタルジー、いまの自分に対する複雑な想い、でも止まってなんかいられないという意地。

 曲を聞くうちに自分の中でいろんな思いが混合されて、それがどんどん熱を帯びて、なんだか分からないけど、涙してしまった。

 僕はしばしばミュージカルを観る。

 お金のかかった大きなプロダクションのものも観るし、ご縁があって小さな会場で上演される作品を観ることもある。

 それぞれ素晴らしい作品に出会う機会が多いが、やはり生の声には力がある。マイクを通さない生の声ならではの熱量や訴求力。

 もちろん鍛錬された歌手や歌い手の力量があってこそのことだが、その力量と技術が生でぶつけられると、聞いているこちらの心にも熱いものがこみ上げてくるのだ。

 「You're a good man, Charlie Brown.」が終わるころには、僕の精神状態は、23歳の頃、ニューヨークで必死に生きていた頃の自分にかなり近づいていたと思う。青くさく、生意気で、負けず嫌いで、体温だけはやたらと高い。祝日の昼下がり、劇場の隅っこでスーツを着た40過ぎの男の心が、こんなにも燃え上がっていると誰が思うだろうか?

 とにかくこの一曲で、僕の心はすでにこの作品の虜になってしまっていたのだ。

 そのあとはもう、こちらの心がONになっているものだから、どんどん作品に没入していくことができた。

 コミカルで笑う場面でもハンカチが手放せない、ホロっと泣ける場面(僕はよく泣くので特に)でもハンカチが手放せない。

 このミュージカルにはストーリーらしいストーリーはない。

 日常の小さなエピソードが、ときどきデフォルメされながら、ポップでありながらも美しい音楽に乗り取り上げられる。

 チャールズ・シュルツのコメディ『ピーナッツ』を原作としているミュージカルだが、シュルツの『ピーナッツ』はなかなかウィットと風刺に富んだ作品だし、ときどきヒューマニズムも感じさせるエピソードもある。

 この作品でも、あるいはコミカルで楽しいエピソードが、あるいは現実社会の不条理や矛盾を一刺しするようなエピソードが、あるいは誰の心の中にもある不安や悲しみを優しく包み込むようなエピソードが、パッチワーク的に配置されている。

 

 しかしどのエピソードにも、毎日毎日の中で、忘れかけている小さなことへの感謝や、見逃している小さな幸せを、もう一度思い出すきっかけを与えてくれるような、そんな力が備わっている。

 ランチタイムの孤独、ブランケットを手放せない少年、短気な自分への自己嫌悪、成績の悪い自分がたどり着く哲学、そして食事への喜び。スヌーピーが歌う「Suppertime」はとてもシニカルかつインストラクティヴ。

 それらすべてのエピソードを本当に魅力的に演じ、美しい歌声で魅せてくれたキャストたちに最大限の賛辞を。


 池田さん演じるチャーリーのネガティヴさと不器用さの絶妙なブレンド、しかしその根底には真っすぐさや諦めない強さを感じられて、彼のチャーリーを見ていると本当に心が優しさでいっぱいになるし、僕も少しだけ前を向いてチャレンジしてみようという気持ちになる。


 海老原さんの演じるライナス。ルーシーに「姉のことを大好きな弟がいるからだ」を言う時のあの笑顔に溢れ溢れている優しさと慈しみ。いま思い出しても心がいっぱいになってしまう。

 今回の公演もキャストの組み合わせに色んなバージョンがあったようで、叶うことならもっといろんなバージョンを観たかったし、再演の機会があればぜひ英語版も観てみたい。

 新年早々、こんなに楽しくて、こんなに元気をもらい、そして自分が置かれている幸せを見つめ直すきっかけを与えられる素晴らしい作品との出会いに感謝。こういう出会いがあるから、観劇も芝居も絶対にやめられない。

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