松崎 丈
カンゲキ備忘録【演劇】『Brand Blend#2』
更新日:2020年6月25日
とき:2020年1月24日(金)
ところ:新中野Waniz Hall
Brand Blend #2
『ダイナマイト佐竹くん.』
『あの釣り堀の日にはもう』
『僕は作詞家になりたい』

ゆうや氏のご紹介で新中野WanizHallにふたり芝居×3作品のオムニバス公演へ。
それぞれの作品がおよそ30分ほどの短編。短編の戯曲をいままでほとんど書いたことのない自分としては、勉強させていただく気持ちで劇場へ向かいました。
少し早めに着いたので、WanizHallの近くにある「珈琲や」さんへ。
所狭しと並ぶさまざまな種類のコーヒー豆は壮観。店内にはコーヒーを焙煎するとても良い香りが。
最近はどこもかしこも禁煙で、スモーカーの僕としてはちょっと辛いのです。
特にコーヒーと煙草は、個人的にはベストマッチですから。

しかしそんなことが気にならないくらい素敵な店構え、そして何しろコーヒーが美味い!
エチオピアをオーダーしたのですが、提供までそこそこ時間がかかりました。
それは一杯ずつ丁寧にドリップしてくれているから。
一口すすっただけで幸せの香りと味が満腔に溢れます。ほっこりしたところでWanizHallへ。
うっかりすると見落としてしまいそうですが、劇場HPに掲載されているマップが簡にして要を得ているので迷子にならずたどり着くことができました。

階段を下りて場内に入ると、これがまた何とも素敵な空間なんです。
ニューヨークにいるころ、こんな感じのライブホールに行ってスタンドアップコメディなどを楽しんだことを思い出しました。
セットも照明も最小限、「ここで繰り広げられるふたり芝居は役者さんの力量がもろに試されるだろうなあ」と思いつつ、開演を待っておりました。
開演を待っている時間ってのは本当にワクワクします。ましてこんな素敵な空間ならなおのこと。
1本目の『ダイナマイト佐竹くん』
ナンセンス感満載のオープニング、畳みかけられるオーバーアクティング。
このままコントタッチで奇想天外なエンディングに向かうのかなあと思っていると……。
クリエイターならずともぶち当たらざるを得ないような、現実世界のシビアな側面が、チクリと刺すような箴言で表現され出して「おや?」と思い始め、そんな観る側の心の移り変わりを見透かしたように劇中に溢れ始める、優しい、あまりにも優しいペーソス。
不器用だっていい、上手くいかなくたっていい。そんな自分を無理に肯定しなくてもいいけれども、でもそっと受け止めてやることから、自分なりの幸せ探しが始まるんじゃないか。
不惑を迎えてもまだまだ惑いっぱなしの僕だけど、そんな僕の方を「トン」と叩いてくれるような優しさを感じる作品だった。
3本目の『僕は作詞家になりたい』にも『ダイナマイト佐竹くん』と通じる優しを感じた。
作詞家志望の青年の暑苦しいまでの真っすぐさ、演じているたつみげんきさんのシュッとした感じとのコントラストが面白い。
その暑苦しさを受けて立つレコード会社の社員女性を演じた土田有希さんも秀逸。自分自身も何かを諦めざる得なかった人間だからこそ持っている包容力のようなものがしみじみ伝わってきました。
手袋の伏線の回収も良く出来ているなあと感心してしまいました。あの手袋を外すときの決然とした感じ、良かったなあ。役者の力量というのは、ああいう仕草にこそ現れるんだなあ、とまたしてもしみじみ。
2本目の『あの釣り堀の日にはもう』
これねえ、困りますよ。。。まだ1月ですよ、今年始まったばかりですよ。
このタイミングでこんなすごいの見ると、この先の11か月、僕はずっとこの作品を基準に芝居の良し悪しを考えちゃいますよ。そしてこの作品に匹敵するのって、そうそうは出て来ないという予感がビンビンするわけですよ。
いやあ、言葉がないってこのことなんだろうけど、まず本がすごくいい。
特に最後のまとまり方、巧みだなあ。
僕は戯曲も小説もそこそこ読む方なのですが、そして手前みそに聞こえるかもしれませんが、ピタリとはいかなくとも大体の終わり方は予見できる方だと思うのです。しかし……このラストはぜんぜん読み切れなかった。
この作品のラストのまとまり方は、すごく素敵で、すごく説得力があるのです。完全にやられてしまった感じです。
さらに二人のセリフのやりとりに、本当に無駄がない。すべてが必要だと思わせる言葉なんです。その言葉は決して大仰なものではないんだけど、一つ一つがちゃんと笑えたり、ちゃんと心に沁みて来るんです。
またその言葉を紡いでいくお二人の間がいいんだなあ。
トントントンと運ぶところがあるかと思えば、いぶし銀の演歌歌手が敢えて節をずらすような、ちょっとしたズレがあったり。「緩急」という言葉が陳腐に聞こえるほどの絶妙さ、完全に脱帽です。
わずか30分の中に、これだけの要素が入っている、そしてそれが最も効果的と思われる形で演じられている。これは相当な巧者でないとできないことで、この二人以外にできる人なんかいないんじゃないかと思ってしまうほどです。
3つの作品ともに、「切り取り」の妙を感じさせられました。
ほんの一コマの中に、その人たちの生きてきた過程や、いま生きているあり様が広がっていく。いまそこに展開されている光景がとんでもない広がりをもってその人たちの全体像を見せていく。
短編の醍醐味はまさにそんなところにあるし、そもそも限られた時間と空間で展開する舞台というジャンルはそういうものなのかもしれない。
音響ガンガン、照明ギラギラの作品も面白いけれども、静かな舞台の中で役者の力がまさに静かに炸裂する。そして観る者の心にそっと灯をともす。こういう作品との出会いというのは、本当に心の栄養になるし、幸せなことだと思います。
明日から、いや今日この時から、僕も自分の日常という小さな舞台で、不器用だけど一生懸命に生きていこうと思わせてくれる、そんな作品との出会いに感謝、感謝。