• 松崎 丈

カンゲキ備忘録【演劇】『祈咲華笑ム』

最終更新: 7月1日

とき:2019年12月13日(金)

ところ:築地ブディストホール

劇団アニマル王子 第22回公演『祈咲華笑ム』

 長通くん出演の劇団アニマル王子『祈咲華笑ム』を見に築地ブディストホールへ。


 開演までちょっと余裕があったので、本願寺を参詣。


 心はあくまで安らかに、かつて諳んじた正信偈を口の中で読誦してみる。


 このまま穏やかな心で芝居を楽しませていただこうと思っていたのだが・・・・・・。

 どうしたことだ、この胸の高鳴りは!

 熱く熱く、滾りに滾る我が心の赤き血は!!


 初手から完全に物語に引き込まれ抜け出せぬまま、舞台の上の役者たちに信じられないような牽引力で引っ張られ、僕の魂までもが疾走して駆け抜けた2時間強!!!


 この作品こそは2019年に目撃した数々の芝居の中でも白眉と言うほかない。

【あらすじ】

 時は帝都明治。未だ陰ながら魑魅魍魎の蔓延る時代。 世の平和は、司祭院と呼ばれる組織と、代々受け継がれる"御役目"により守られていた。 青龍の守護者である蒼が出会ったのは芸人を自称する少女・照(テラス)。 普通の少女であるはずの彼女が第168 代目の御役目である結花やその守護者たちと繋がれた縁で、運命の歯車は周り始める。 ――さぁさぁ、よってらっしゃい!見て聞いて!

 四神思想、依り代、そして将門!


 この物語の前提自体、歴史好き、荒俣宏好きの僕としては堪らない。堪らないがゆえに観劇前には一抹の不安もあったのだ。


 それは僕の愛する歴史の挿話が、安易にデフォルメされ矮小化されることへの危惧だったのだが、それは全くの杞憂に終わった。


 疾駆する物語の圧倒的な推進力が、僕の危惧を木っ端微塵に打ち砕き、吹き飛ばしてくれたのだ。

 音響の妙、照明の冴え、美々しき衣装のしっかりとしたサポートを受けながら、緻密に組み立てられた役者たちの動きと脱帽ものの鮮やかな口跡がまさに「炸裂」している。


 徹底した基礎的な訓練と積み上げられた理詰めの役作りを、舞台の上では魂にのせて一気に解放させる。解放された役者の熱が観る者に伝播すると、観る者自体も熱を発する。


 その観る者からの反射熱を、再び役者が引き受けて、さらにさらに熱いエネルギーを放出する。演者と観衆の間に生じる絶え間ない熱の往復が、劇空間全体に満ち溢れて、そこに存在する時間がこれ以上ないほど濃密な幸福感に満たされていく。

 照と結花を中心としながら、一つ一つの人物が粒だっているのも良い。

 群像劇であればあるほど、一つ一つの人物描写に避ける時間は限られているが、その限られた時間の中でいかにその人物の背景まで見せるのか、これもなかなか至難の業だ。


 それを可能にするのは演者が一つ一つの言葉にいかに真情を込めるかだが、この物語の登場人物の中に、「真情」を感じさせない人が一人もいないのは奇跡と言うほかない。


 親子、夫婦、姉弟、それぞれの関係性の中で、それぞれがそれぞれを想う真情が、わずかのやりとりの中に凝縮されている。


 あの「あっち向いてほい」を見て、涙を流さぬものがいようか?あのわずかなやり取りの中で、この親子が妻と母を亡くした後で、大きな悲しみを乗り越えつつも、寄り添いつつ、お互い愛おしみつつ生きてきた時間を、一気に感じさせるではないか!

 想うこと、愛すること、慈しむこと、信じること。

 それらの真情があればこそ生まれる「祈る」という気高き営み。

 力ではなく微笑むことが、それこそが最後に人と人をつなぐという忘れてしまいがちな真実。

 そうなのだ、この物語が観る者の心をとらえるのは、猛るようなスピード感の根底に、人間そのものに対する根本的な信頼の想いが横溢しているからなのだ。

 この日、うかつにもハンカチを忘れてしまった僕。

 見終わるころにはセーターの袖が、しきりと流れる涙と鼻水を拭いに拭ったがために、カッピカピになっていた。

 ところはくしくもブディストホール。

 仏教には「縁」の大切さを説く教えがあるが、まさしくこの作品は「縁」=「絆」の大切さを教えてくれる。


 1年の終わりに、僕の心の汚れをすっかりと洗い流してくれるような素晴らしい作品に出会えた縁にひたすら感謝するほかない。

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