• 松崎 丈

カンゲキ備忘録【歌舞伎】『実盛物語』

最終更新: 6月25日

とき:2019年4月6日(土)

ところ:歌舞伎座

四月大歌舞伎 『源平布引滝 実盛物語』

 いつまでも舞台に立てるわけではない。だからこそ、一度一度の舞台が、役者にとっても客にとっても真剣勝負だ。


 歌舞伎に限ったことではないが、同じ役を何度も演じてきた役者ほど、その役との一旦の別れを意識するのは止むを得ないことだ。


 僕は子どもの頃に何度かしか見たことがないが、六代目の歌右衛門が体の自由が利かなくなり始めたときに、当たり役を丁寧に、丁寧に打ち収める様は、役に対するいつくしみを感じさせずにはおかず、観る者の涙を誘ったらしい。

 松嶋屋・十五代目片岡仁左衛門丈にも、その境地を感じずにはいられない。


 一世一代とは銘打たぬまでも、早々に『女殺油地獄』の与兵衛を打ち収め、昨年十月の歌舞伎座では『助六曲輪初花桜』の助六を歌舞伎座では二十年ぶりに、そして今月の『実盛物語』、六月には『恋飛脚大和往来』の忠兵衛が続く。


 謙虚さの権化のような松嶋屋さんのこと、声高に「これが最後」とはおっしゃらないが、失礼ながらお歳を思えば、「これが最後の実盛か、これが最後の忠兵衛か」と思わずにはおられない。

 この日の実盛にもこの役を生き続けて来られた十五代目の限りない愛情を感じた。


 『源平布引滝』、実盛物語に先立つ『義賢最期』は当代仁左衛門丈の当たり役であり、当代が育てた役でもあるだけに、この段の実盛にもひとしおの想いがあおりなのだろう。その思いをこれ見よがしに見せつける松嶋屋さんではないが、そういう思いは幕見席にまでかなりの密度で伝播してくるのだ。

 また十五代目の実盛には、盟友であった故十八代目中村勘三郎への深い友情を感じずにはいられない。実盛は十八代目も何度も演じた役であった。親から子へ、先達から後輩へ受け継がれ、工夫され新しい時代の息を吹き込む。同世代の役者同士が競うように高め合う。様々な歌舞伎の演目が今もって新鮮に、リアルに僕らの心を揺さぶるのは、そのような仕組みがあるからだと改めて感じ入った。

 この月の実盛、まさに仁左衛門丈の面目躍如たる気品と格の大きさ。

 心に深く刻み込まれる体験をまたしても歌舞伎座でできた幸せに感謝。

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