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  • 執筆者の写真松崎 丈

カンゲキ備忘録【歌舞伎】『伽羅先代萩』

とき:2019年8月16日(金)

ところ:歌舞伎座

八月納涼歌舞伎 『伽羅先代萩』

 

 八月の歌舞伎座は三部制。


 朝も早よから『先代萩』はちょっと重いかなあと思いつつも、大好きな演目を大好きな中村屋が演じるのだから、二日酔いに痛む頭を抱えながらでも行くしかない。というわけで幕見席を求めて木挽町へ。

 昨年の揚巻から坂東玉三郎丈のつとめてきた大役を引き継ぎつつある中村七之助さん(中村屋)。


 同時代の役者として勝手に親近感を覚えている中村屋が、僕の大好きな政岡という大役を演じるとあって、期待度はいやがうえにも高まります。

 『伽羅先代萩』は今まで坂田藤十郎丈(山城屋)、尾上菊五郎丈(音羽屋)、坂東玉三郎丈(大和屋)の政岡を舞台で、六代目中村歌右衛門丈(成駒屋)の政岡を映像で見たことがありますが、いずれも武家の女の忠義と格の大きさを感じさせる名演でした。

 役者ですから実年齢とは関係なく、芝居に説得力を持たせるのは当然と言えば当然ですが、役の実像に年齢が近い役者が演じる面白さもあると思うのです。そこには経験不足というハンディキャップがあるとは言え、リアル(歌舞伎にリアルを求めても…とも言えますが、敢えて)という点でのアドバンテージがあるとも言えます。

 今まで見てきた中で、中村屋は政岡の実年齢に一番近い。その中村屋が年齢というアドバンテージをどう生かすか、かなり興味がありました。

 そして恵まれた容姿も見どころ。中村屋の演じる凛とした女形の魅力はかねがね感じてきたところですが、それが政岡という女丈夫にどう生かされるか、そこもまた注目していました。


 『伽羅先代萩』は江戸時代に実際にあった御家騒動をもとにした物語。

 御家を乗っ取ろうとする仁木弾正とその妹・八汐、さらにその一派から幼君・鶴千代を守ろうとする乳母の政岡。

 食事に毒を盛られることを案じて政岡は、手ずから食事の支度をするほどの用心ぶり。

 ある日、管領・山名宗全の妻である栄御前が鶴千代に毒の入った菓子を持って来ます。

 強いて菓子を勧める栄御前、毒を危惧しながらも管領家の手前もあって制しきれず苦慮する政岡。


 そこに飛び込んできて菓子を横取りする政岡の一子・千松。

 果たして千松は菓子に入った毒に当たって苦しみます。

 毒殺未遂の露見を恐れた八汐はその場で千松に懐剣を立てて殺害します。

 我が子が苦しみながら死んでいく様を見つつも、表情を変えず鶴千代を守る政岡。


 その様子を見た栄御前は、実子が死んでも顔色を変えぬとはいかにも不審。さては鶴千代と千松が取り替え子であると早合点し、政岡も自らの一味と思い、仁木弾正一味の連判状を政岡に託します。

 栄御前の一党が去った後、我が子の遺体の前で悲嘆にくれて泣きに泣く政岡。

 忠義と我が子への愛の狭間で悶絶する政岡の仕様が最大の見どころです。

 今となっては「忠義」など流行らぬ価値観かもしれませんが、やはり日本人のDNAに訴えるところがあるのでしょう。この作品はいまでも人気の演目で、僕も見るたびに涙が頬を伝います。

 中村屋の政岡は予想通り凛として秀逸。

 母方の祖父で昭和、平成を代表する女形の一人である七代目・中村芝翫ゆずりと思われる品位に満ちた芸に惜しみない拍手を。


 我が子の死を嘆く場面では、その品格が良い意味で駆逐され、重厚な義太夫と共に爆発する母心の哀れを存分に見せてくれます。

 「三千世界に子を持つた親の心は皆一つ、子の可愛さに毒なもの食べなと云ふて呵るのに、毒と見へたら試みて死んでくれいと云ふ様な胴欲非道な母親が又と一人あるものか。武士の胤に生れたは果報か因果かいじらしや、死るを忠義と云ふ事は何時の世からの習はしぞ」

 このくだりに現れる母心は洋の東西、古今を問うことなどありません。


 我が子の遺体に向いて「でかしゃった!でかしゃった!!」というその心、忠義の一念と子を思う心に引き裂かれた政岡の様に、見ているこちらの魂が打ち震えます。

 この政岡が生きるためには、その対極にある二人の悪の存在も重要です。

 品を感じさせつつも、その底にある悪性を存分に見せるのが栄御前。中村扇雀丈がこのお役を演じて若手の中村屋をしっかりサポートしています。


 そしてこの作品の中の最大の悪・八汐。悪性全開で嫌味なところをたっぷりと見せてくれるのは松本幸四郎丈。父・白鷗丈、叔父・吉右衛門丈のいずれもこのお役を務めているようですが、それにも勝るであろう悪人ぶり。そしてその後に登場する仁木弾正との二役。こちらは色気さえ感じさせる大悪人ですが、そのコントラストも見どころです。

 千松と鶴千代は中村屋の甥である勘太郎と長三郎。二人の子役が見せる子役ならでは直球的演技も哀れを誘う重要な要素です。



 全体として今回の『伽羅先代萩』、個人的にはかなり満足でしたが、中村屋は政岡が初役ということもあって、まだ大和屋のコピーというか、ミニチュア版という感じが否めなかったのも事実。


 このお役をこれからも中村屋が演じ続け、七之助ならではの政岡を作り上げていってほしいと、期待と共に願わずにはいられません。

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