• 松崎 丈

【鉛頭一割】靖国神社と僕

 8月15日が近づくと首相や閣僚、国会議員の靖国神社参拝が注目される。


 もっとも靖国神社では春秋の例大祭ほかの祭事もしばしば行われるわけだが、なかんずく8月15日前後の首相、閣僚などの参拝が耳目を集めるのは、この神社と8月15日という日の性格上、無理からぬことではある。


 いわゆる政治的な側面からの靖国神社問題については、僕なりの考えがある。

 しかしここでは、もう少し情緒的なことを綴ってみたいと思う。

 僕はほぼ毎月1日、靖国神社に参拝している。

 それは僕の二人の大叔父が靖国に祀られているからだ。二人とも先の大戦で命を落とした。

 僕が参拝を始めたのは祖母の願いに発する。

 二人の兄を失くした祖母は常々靖国への参拝を念願していたが、若いころは経済的な貧しさゆえに、その後は歳若くして侵されたリウマチのために上京することが叶わなかった。

 僕が大学進学のために上京することとなった時、祖母が僕にかけた願いが靖国への参拝だった。


 「わたしは兄さん(あにさん)に会いに行けないから、お前が代わりに行ってくれ」という祖母の願いを無下にするにしのびず、僕の靖国参拝が始まったのが22年前である。僕は当時18歳だった。

 実家の仏間に飾られている二人の大叔父の遺影。


 一人は降る雪の中で馬にまたがり、背筋を伸ばしてカメラへキッとした視線を向けている。祖母の語るところによるとこの大叔父はもともと体が丈夫ではなく、南方の戦線で病没したらしい。


 いま一人はいかにも下級兵卒といった様子の粗末な軍服をまとい、言葉にできないような寂し気な目で写真に納まっている。


 かつて祖母に見せてもらったことがあるが、この大叔父が上半身裸の姿で戦友たちと水浴びをしているような写真もあった。おそらく戦地に派遣される前、内地で撮った写真を送ってきたのだろう。その写真の大叔父は遺影の大叔父とはまるで別人であるかのような生の活力に満ちている。

 僕は会ったことも言葉を交わしたこともない二人の大叔父に会いに靖国を参拝する。

 そして静かに目を閉じて頭を垂れながら、大叔父と心と心で語り合っているような気持になることもある。


 ときには大叔父に励まされているように感じ、ときには叱られているように感じる。

 そんなときは、直接的な面識を超えた血のつながりのようなものを感じることがある。

 A級戦犯と呼ばれる人たちの行状について僕なりに思うところがないわけではない。

 しかし僕が靖国に参拝するのは、ただただ二人の大叔父に会うためなのだ。

 戦争の正邪をまったき白黒をもって決めるのは本当に難しいと思う。

 だから靖国とそこに祀られている英霊たち(この呼称で呼ばれることをご本人たちはどう思われているかと思うと、胸が張り裂けそうになることもあるのだが、敢えて)に祈りを捧げることにさまざまな意見があるのは当然だし、それらの意見を制圧しようとすることは、どちらの立場にある人も慎重であるべきだ。

 ただ、いずれの立場に立とうとも、僕の二人の大叔父のように、家族を持つこともなく、好きな人と添い遂げることもなく、自分の意思の奈辺にあるやにかかわらず生を断絶された人々がいたということを忘れないことがなにより重要なのだ。


 そしてそのような人々の断絶された生の上に、それを引き継ぐ形で僕たちの生があることを決して忘れてはならない。

 政治的な見解はさておき、僕はこれからも靖国に参拝する。

 そして二人の大叔父と語る中で、二人の断絶された生を引き継いだ僕が精一杯生きることを誓う。


 そのことが二人の大叔父の心に叶うことを固く信じて。

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